暗閣に子どもがひとり。恐くても、小声で歌を歌えば安心だ。子どもは歌に導かれて歩き、立ち止まる。道に迷っても、なんとか自分で隠れ家を見つけ、おぼつかない歌をたよりにして、どうにか先に進んでいく。歌とは、いわば静かで安定した中心の前ぶれであり、カオスのただなかに安定感や静けさをもたらすものだ。子どもは歌うと同時に跳躍するかもしれないし、歩く速度を速めたり、緩めたりするかもしれない。だが、歌それ自体がすでに眺躍なのだ。歌はカオスから跳び出してカオスのなかに秩序をつくりはじめる。しかし、歌には、いつ分解してしまうかもしれないという危険もある。
(ドゥルーズ=ガタリ『千のプラトー』より)
音楽に集中できない午後もある。今日は朝、仕事だったので帰ってからギターを練習していたが色々ダメージがあって邪念が入り演奏に全く集中できず。
諦めて、散歩に出てまた古本を買って、そのあとは、ここ最近、取り組んでいる『作業療法の手引き』第二章の執筆を進める。山根寛という有名な作業療法士に「パラレルな場」という概念があるが、それを引き継ぐ形で、これまで考えてたことなど、新たなものが書けた。また少しずつ推敲する。
引用は、今日買った本で主題的に扱われたドゥルーズ=ガタリの概念であるリトルネロ。フランス三部作は本当にリトルネロだった。茫然自失のときに振り絞った歌。リトルネロ。