「出会うことと支配すること」という節のなかで、他者との関係において「支配」と「出会い」が対置される。
支配は、異質な他者を自分と「同じ」にしようとすること。精神分析的に言えば想像的-象徴的同一化の原理。この二分法において閉ざされた共同体すなわちファシズムや市民社会がこちらに位置する。
対して出会いの原理は、その異質なものとの出会いにこそ基礎としている。この「出会い」 based コミューン(略してDbC)が著者のいうコミューン主義なのだ。
ここまでは制度による精神療法と考えを共にしていて非常に興味深い。
「欲求の解放」とはなによりも、欲求そのものの解放である。欲求を解放するとは、解放する欲求を生きること、対象を解放し、他者を解放し、自己自信を絶えず解放してゆこうとする欲求を生きることである。
著者によれば、ここで重要になるのが「欲求の解放」とその構造的変革なのだが、この箇所はやや抽象的で解釈に開かれている場所と言えるだろう。
この欲求の解放を制度による精神療法に引き付けて解釈するならば、それは欲求-要求と欲望を区別することと言えるだろう。
施設のヒエラルキーをなくすとそれは単なるアナーキーであり精神病院の破壊である。
では代わりに何を用いるのか。それは転移と欲望である。
制度による精神療法は、コミューン主義とも異なり、その名の通り、精神療法である。欲求の解放の構造的変革を「要求を迂回して欲望の方へと向かう」と解釈するならば、この本はP. I. を理解するうえであなたの助けとなるだろう。